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いま言葉にできること

Miumiブログ。世界を、時代を、現代を見つめて、言葉は真実をあきらめてならない。

今年あなたは中間層から貧困層へ移動しませんでしたか?

 私はずっと「まあ中間層くらいのもんだろう」と、自分の所得のことを捉えていたのです。しかし今年になって、ふと「もしや自分は徐々に貧困層へ移動しつつあるのでは・・」と危機感を感じ、いよいよ年末には、はっきりと「もはやこの経済状況は、貧困層である」と自覚するに至っています。

 

 一番最初に貧困を意識したのは、夫婦喧嘩で「いくら貧乏してるからって!!」と言う言葉が自分の口から飛び出した時でした。

 それは、「いくら貧乏してるからって、いくら何年も買いかえられない布団だからって、いくらなんでも掛け布団の上に敷布団を敷くなんて」という、他愛ない相方への文句の言葉でした。が、その瞬間、仕事に追われて何年も自宅の手入れにお金や手間をかけられない、この状況はある意味、貧困状況なのでは?と感じたのでした。

 年末に至り、仕事で疲れ果てた私は、新年の準備どころか日常の家事を行うのも困難な状況。なんとか仕事は続き12月の給与は手に入ったものの明らかな減収。賞与はなく、目下の心配は、働き盛りだと世間に思われている自分年代が、実は収入が見込めるのは定年までのあと5年間だけ、一生分の収入が判明していて、しかもこの収入いつ年齢を理由にさらに減収されるかわからない状況です。

 今すぐ食べるのに困っているわけじゃないんだけど、なけなしの貯蓄をしたところで将来食べていけなくなることは確実であること。

 もう何年も、食料品にちょっとした日々の贅沢品など全く投入できずいつも一番安いものばかり、衣服や装飾品は購入せず節約ばかり、カットに行かないために髪を伸ばす・・。美容院代はもったいないから、行くなら千円カット。

 確かにまだすごい貧困状態ではないかもしれない、でもこれは確かにもはや中間層ではなく貧困予備軍、いやすでに貧困層への仲間入りをしているといえるでしょう。

 

 かつて、「一億総中流」というのが批判も交えて取りざたされた時代がありましたが、中間層という自覚の所得層の存在が社会の安定をもたらしてきたことは間違いない事実です。

 中間層からこの一年で見事に突き落とされた感のある「前は中間層だと勝手に思っていた」所得層の私などは、まさに『社会の不安定と格差の拡大』を体現しているようです。

 

 ちなみに2016年12月15日のプーチン露大統領の訪日で、北方領土問題を棚上げされた上で、日本が申し出たロシアへの経済協力は、3千億円規模に上ると言われています。

 また、12月28日付の東京新聞によるところでは、東京電力ホールディングスが福島第一原発事故の賠償や除染のために、『原子力損害賠償・廃炉等支援機構』に追加申請した金額は7千78億円で、これが申請通り認められれば、10回目の申請で支援額は8兆1千774億円を計上するとのこと。

 

 政界経済界で官僚閣僚省庁が権益利権を奪い合って好き勝手に利用している多額の、超多額の財政支出金は、いったいどこから搾り取られているのでしょう? 

 年末に頭を抱える一市民です。

 

「胡麻の油と百姓は絞れば絞るほど出るもの」(神尾春央 年貢増徴実務役 1744年)