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いま言葉にできること

Miumiブログ。世界を、時代を、現代を見つめて、言葉は真実をあきらめてならない。

人は昔、もっと冷たくてもっと強かった

福岡高裁宮崎支部、強姦事件控訴審の逆転無罪判決。
警察のDNA鑑定について「捜査官の意向を受けて鑑定不能とした可能性を否定できない」と、捜査当局による証拠隠しの可能性に言及。

新聞を斜め読みしながら思った。
人は昔、もっと冷たくてもっと強かった。今ほど優しくなかった。昔、人は金がなくても貧乏でも、貧困ではなく、ものがなくても苦しむ事はなかった。

かつて人は「お上に逆らえない」と言いながら、権力を批判的に考えるのが常だったし、「警察に悪意があったら、何だってできるんだ」なんて言う当たり前のことを、今更ながらに驚く現代人とは違って、警察のことを頭から信じていたりはしなかったのだ。

かつて人は、何も信じていなかったし、人間を信じていた。
現在、われわれは全てを信じ込んでいて、何も疑わず、そして人間を信じてはいない。

かつて私たちは、他人が知っている事を知らなくても平気だった。自分だけが知っている事を持つことが、大事だった。
今私たちは、人が知っている事を知らなかったら不安に駆られ、メディアの前から逃れられなくなっている。

テレビの冤罪報道に対して女弁護士が言う。
「いまだにこんなDNA鑑定が行われているのか」
「いまだに」ーそれは、過去を高い目線から見ている言葉だ。
でもそうだろうか?
私たちは、過去に高い目線から見下ろされているのではないだろうか?

かつては、警察のDNA鑑定を当たり前に疑ってかかる、普通の人々がいた。
今は、警察のDNA鑑定が間違っていると、頭から疑う人はいない。
私たちはとらわれているーきっと現代に。
昔、人は馬鹿で当たり前だったのに、今は賢くなければいけない。優しくなければいけない。正しくなければいけない。誰にとって正しいんだろう?
国にとって?
メディアにとって?
お上にとって?

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